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人間は愚かである
人間とは何と愚かな生き物だろう。高い知性を持ちながら、その使い道となると低俗この上ない。私利私欲に走り、その知性は時に、人を殺める為の兵器を造る事に使われ、人を陥れる為に策謀する。・・しかし、この俺も結局、その人間の一人にすぎないのか。

つい最近の事だ。それは学校から5分と離れていない場所での出来事。そして、それはほんの一瞬の出来事。一人の女性が誤って荷物を落とした。それ自体は大した問題ではない。そう、あれは只の日常の一コマに過ぎない。これが問題たる所以は唯一つ、彼女が美人であったという事だ。

それ故に俺の脳は、滅多に使われずその時を待ち続け今や殆ど錆ついて動く事の無い俺の脳は、フル活動を強いられるに至った。

俺と彼女は距離にして約5〜6メートル。決して遠くは無いが、荷物を拾うのを助けるには若干遠い距離だ。しかし行くなら今しかない。あの荷物の量からして、拾い終えるまでに10秒とかからないだろう。もし判断が遅れて、彼女の元へ向かう頃に既に荷物を拾い終えていようものなら大失態だ。恥ずかしい。俺にはその恥ずかしさに耐えられるだけの強さは無い。しかも、問題はそれだけではない。彼女の位置からベストのポジションにサラリーマンがいる。出遅れて奴にこの絶好のチャンスを奪われる可能性は非常に高い。あぁもう拾い始めてしまった。今からでは小走りでなくては間に合わない。しかし何だかそれも却って嫌らしい気がする。そもそもそこまでする程の事なのか。つーか良く見るとそこまで美人でもなくないか?せいぜい中の上ってところじゃないの?俺は恐らくあの白のタートルネック&チェックのミニスカートに騙されている。いやむしろ騙されたい。つんく♂流に言うなら『彼女の可能性に懸けてみたい』。この例えは明らかに間違っている。
あぁ俺は一体どうしたらいいんだ・・。

そして、俺の脳の活動はこれだけに留まらず、昔の出来事をも浮かび上がらせる。そう、あれは大学一年の頃、学校へ向かう途中の電車の中での出来事。体調を悪くしたらしく、突然しゃがみこむ一人の女の子。もちろん可愛かった。また俺は頭を悩ませる。まず俺は席に座っていない為、彼女を席に座らせてあげるには、前に座るいかにも強情そうな、しかも爆眠中の親父にこの事態を説明して席を空けてもらわなければならない。この親父のハゲを無理に隠さんとする髪型もまた色々論議を呼ぶところであるが、今はそんな事はどうでもいい。
あぁ俺は一体どうしたらいいんだ・・。

『美』とは何と罪な事だろう。君が美しくあるが為に、こうして頭を悩ませる人間が一人目の前にいる。いや、もしかしたら周りにいる男全員がそうかもしれない。しかも、それより尚罪である事は、その事に一切気付かず只々しゃがみ苦しむ美の存在。そして、彼女の苦しみは結果としてこの朝の通勤ラッシュ時7両目、その大半を占めるサラリーマンと男子学生達をも同様に苦しめるに至る。目まぐるしい発達を遂げた人間の脳は、時にこうして自らをも貶めるのか。

だが、俺はとうとうそれ以上の問題に気付く事となる。それは・・・・、
どんなに頭を悩ませたところで俺にはそんな彼女達を助けるだけの行動力も、勇気もないという事だ。

あぁやはり俺も愚かな人間の一人に過ぎないのか・・。





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